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鈴木徹 (陸上選手)[すずき とおる]
鈴木 徹(すずき とおる、1980年5月4日 - )は、片下腿義足の陸上競技選手。山梨県出身、SMBC日興証券所属、 IPC 陸上競技クラス T44 〔(原文は表)〕、身長 179cm 、体重 63kg 。 日本初の義足の走り高跳び代表選手として、2000年、シドニーパラリンピックに出場し、2004年、アテネパラリンピック、2008年、北京パラリンピック、2012年、ロンドンパラリンピックと4大会連続入賞。クラス T44 (旧 F44 )のアジア記録、日本記録を樹立、世界で2人目となる2m00を跳んだ。
==経歴== 駿台甲府高校時代、ハンドボールで国体3位という成績を残したが卒業前に自らが起こした自動車事故で右足を失う。リハビリのため訪れた東京身体障害者福祉センターで義肢装具士の臼井二美男と出会い、多摩障害者スポーツセンターのスタッフに誘われたことがきっかけで走高跳を始める。その後順調に記録を伸ばし、初めての公式大会で当時の障害者日本記録を超える1m74を跳ぶ。右足を失ってからわずか1年余りでシドニーパラリンピックへの出場権を手に入れる。シドニーとアテネはともに6位。2006年のジャパンパラリンピックで2m00を跳び、世界で2人しかいない義足で2mを跳べるジャンパーとなる。北京では開・閉会式の選手団旗手を務め、過去2大会の記録を超え5位入賞となった。 2009年5月6日、駿河台大学に新設される男子ハンドボール部の監督に就任〔パラリンピック旗手経験の陸上選手 鈴木氏、ハンド部監督に 東京新聞 2009年5月6日〕。 2011年頃より、芸能事務所レプロエンタテインメントとマネジメント契約を結んでいる〔プロフィール 鈴木徹オフィシャルブログ 2011年1月1日。2013年2月16日閲覧〕〔お問い合わせ 鈴木徹オフィシャルブログ 2011年1月1日。2013年2月16日閲覧〕。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「鈴木徹 (陸上選手)」の詳細全文を読む
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